黄昏の鳥学園七不思議

CWシナリオ『冒険部譚』自宿の前日譚(二次創作です)
『冒険部譚』の内容に触れていますので未プレイの方はご注意ください。
付き合ってないアルリアが一緒にお昼食べながら攻防戦している話。
※注意 男女CP要素あり(参謀×リーダー/アルリア)


 黄昏の鳥学園――下は小学校から上は大学院まで、総生徒数は数万人の超巨大学園。年齢・人種を問わずあらゆる生徒が集う奇天烈な学園も、普段の光景は案外普通なものだ。
「……それじゃあ今日の授業はここまで。来週の小テスト、忘れないようにね」
 チャイムと共に教室の空気が一気に緩んだ。教師が出ていくのを待たずに、教室中――そして学園全体が賑やかな喧騒で満たされていく。アルフレドも手早く教科書とノートを片付け、席を立った。
「アルフレドー、学食行こうぜ」
「今日の日替わり何だっけ?」
「いや、悪いけど今日は先約がある」
 アルフレドがクラスメイトの誘いに首を振ると、途端に彼らは目の色を変えた。
「あ! またあの銀髪美少女後輩だろ!!」
「このリア充め! イケメン爆発しろ!」
「ははは、付き合ってはないけどな」
 詰め寄る友人たちを、アルフレドは爽やかな笑顔で躱す。含みのある物言いに友人たちは更に眦を吊り上げた。
「彼女じゃないなら何なんだよ!? 紹介してくれたっていいだろ!」
「それは駄目だ。――じゃ、また後でな」
「駄目ってなんだよ駄目って! ……おいコラ無視すんな!」
 うるさい友人たちは放っておいてさっさと教室を出る。とにかく人の多いこの学園は、昼休みともなればかなり混雑するのだ。食堂や購買へ向かう人込みに流されぬよう、やや駆け足で歩いていく。
「――アルフレド!」
 校舎を抜けると、すぐに澄んだ声が呼び止めた。振り返れば、一人の少女がこちらへ駆け寄ってくる。
「ごめん、待たせたか?」
「いいえ、こちらの方が中庭に近いですから」
 少女――リアーネは首を振る。その動きに合わせて、白銀の髪が七色の光を散らした。透き通るような白い肌、すっと通った鼻梁に薄い唇、静かな眼差しの奥には紫がかった青の瞳――友人たちが『銀髪美少女後輩』と騒ぐのも納得の容姿である。
「最近暑くなってきましたね。そろそろ外で食べるのはきついでしょうか」
「かもな。食堂は人が多いから避けたいんだが――あ、あそこ座ろう」
 初夏の眩しい日差しのせいか、リアーネの頬はうっすらと赤く色づいていた。彼女は否定していたが結構待たせてしまったのかもしれない。ちょうど木陰のベンチが空いていたので、二人で並んで座る。
「では今日のお弁当です。どうぞ」
「ああ、いつも悪いな」
「一人分も二人分も大差ないですよ。むしろ、色んな具の物が作れて楽しいです」
 差し出されたバスケットの中には、色とりどりのサンドイッチが入っていた。卵や野菜といった定番の他、フルーツサンドやハムとチーズのホットサンドまである。言葉の通り多彩なラインナップだ。
「それじゃあ遠慮なく。いただきます」
「はい、召し上がれ」
 彼女とこうして昼食をとるようになったのは、ここ半年ほどのことだ。傍から見れば、カップルが仲良く一緒に昼食をとっているように見えるのだろう。クラスどころか学年も違う彼女とよく一緒にいるようになれば、そう思われるのも仕方がない。
「……では、今回の〝依頼〟も無事完了ですね」
「ああ。自治会に一つ貸しも出来たし上出来だな」
 もっとも、会話の中身は『恋人』とは程遠い。これは〝部活動〟の打ち合わせだ。
 アルフレドとリアーネは『冒険部』の所属である。依頼人が抱える問題を代わりに解決する――これだけならよくあるボランティアサークルのようだが、持ち込まれる依頼は教師も警察も頼れず、正攻法では解決できないものばかり。故にこちらも手段を選ばず、時に過激、時に派手なやり方で解決する。所属しているアルフレドにもいまいちよくわからない謎の部活だが、その分やりがいはあった。面白い――と言っては少々不謹慎だろうが、それこそがアルフレドが冒険部に所属している理由だった。
「これで今後、少しは彼らと交渉しやすいでしょうか。悪い人たちではないんですけどね」
「あちらからすれば俺たちは立派な問題児だろうけどな」
「……それは否定しません」
 アルフレドは作戦立案を担当する〝参謀〟、リアーネは最終決定を下す〝リーダー〟である。頭脳労働を担当する二人は、こまめに打ち合わせや情報交換をする必要があった。冒険部の活動は人のプライバシーに触れることも何かと多いので部室まで行くのが一番安全なのだが、如何せん第七校舎は遠い。お互いの教室からそこそこ近く、人も少ない場所といえばこの中庭だったのだ。
(……まぁ、リアーネには悪い気もするけど)
 アルフレドも顔立ちは整っている方だ。よく知らない女子に声をかけられ、言い寄られることも珍しくはない。とはいえ、最近は彼女とよくいるおかげかだいぶ減ってきたので正直ほっとしていた。興味のない相手からの好意ほど持て余すものはない。
「君、随分遠回しだ」
 不意に、ジャックに言われた言葉が脳裏をよぎった。
「何がだ?」
「リアーネのこと。そんなに可愛い?」
「はぁ?」
 会話の流れが全く掴めない。無口なこの悪友は、言葉を端折りすぎて何を言っているのかわからない時がある。
「……いや、まぁ、実際可愛いだろうあいつ。十人中九人はそう答えると思うぞ」
 残りの一人は余程奇特な趣味の持ち主だろう。アルフレドの答えに、ジャックはふうん、と呟いた。その顔がなんだかやけに楽しそうで、嫌な予感がしたのを覚えている。
「外堀埋めて、牽制して……でも、本人には触れない。慎重」
「けんせ……だから、何の話だよ」
「違うの?」
 ジャックはきょとん、と首を傾げてみせるが、よく見れば口角が微かに上がっている。つい舌打ちを一つ。誤魔化せば余計面倒なことになるとわかる程度には、ジャックとの付き合いは長い。彼は喋るのが苦手なわけではなく、ただ単に面倒くさがっているだけだ。口や頭が回らない訳ではないからたちが悪い。
「……違わないが、そういうことじゃない」
「ふぅん、へえ?」
 最初は、本当にそんなつもりはなかった。……なかったが、そう言われても反論できないことをしている自覚はある。
「あのお嬢さん、変なやつにばっか好かれるから――っておいニヤニヤするな!」
 学年が違うから、『冒険部』を除いたリアーネの交友関係はあまり知らない。もしかしたら、彼女もこんな風に友人たちに揶揄われてたりするのだろうか。そう思うと申し訳ないような、……そのくせ少し満たされてしまうような、厄介な気分だった。我ながら呆れてしまう。
「――アルフレド?」
「……え、うわっ! 何だよ急に」
 いつの間にか至近距離にリアーネがいて思わずのけぞる。失礼な、とでも言いたげに彼女は眉をひそめた。
「何って、急にぼーっとし始めるからどうしたのかと。口に合いませんでしたか?」
「ああいや、そういうわけじゃ……ちょっと考え事だよ」
 これ以上追及されては困ると、アルフレドは持ったまま放置していた卵サンドを口に放り込んだ。優しい甘さの中に、ぴりりと刺激が走る。
「ん……これマスタード入ってるのか。珍しいな」
「ええ、ちょっと新しい味付けにチャレンジしてみたくて。どうですか?」
「ああ、美味しいよ」
「良かった。貴方が好きそうだなと思って作った甲斐がありました!」
 何を言っているんだこいつ。
 真正面から屈託のない眩しい笑顔をぶつけられ、アルフレドはしばし思考を停止させた。喉に詰まらせないよう、ゆっくりパンを飲み込む。
「……うん、そうか」
「アルフレド? どうかしました?」
「いや……ちょっと変なところ入りそうになっただけだ」
「おや、大丈夫ですか? お茶飲みます?」
 リアーネは心配そうに水筒を差し出してくる。甲斐甲斐しい彼女のような振る舞いに、思わず天を仰いだ。何なんだこのお嬢さんは。わざとならとんでもない悪女である。
 (……まぁ、リアーネに限ってそれはないか。期待するだけ無駄――いやそもそも何を期待するって言うんだ俺は)
 相手は『付き合ってください!』と言われて素で『どこへですか?』と返す、お手本のような天然鈍感である。溜息をつきたくなるのを飲み込み、アルフレドは黙々とサンドイッチを平らげる。
「――ご馳走様。容器は明日返すよ」
「はい、お粗末様でした。お願いしますね」
 ランチボックスを洗うのはアルフレドの担当である。沢山作りたいのがリアーネの趣味とはいえ、世話になりっぱなしでは申し訳ない。
「少しゆっくりしすぎたかもな。次の授業、遅刻しないか?」
「いつもの教室ですから十分間に合います。貴方の方こそ間に合いますか? ええと、今何分……」
 右手を中途半端に持ち上げた状態で、リアーネはぴしりと硬直した。普段なら腕時計があるはずの手首には、何もついていない。
「時計、忘れたのか?」
「気づかないうちにぶつけたのか止まってしまって……修理には出したんですが、数日かかるそうです」
 ややばつが悪そうに言いながら、リアーネは右手を引っ込める。いつも着けているものが無いと落ち着かないのか、しきりに手首をさすっていた。
「今は――ああ、20分だな。俺も十分セーフだ」
 ポケットから懐中時計を出して時刻を確認する。まだ予鈴まで余裕はある、走らずに済みそうだと立ち上がりかけ――
「……あ、そうだ。これ使うか?」
「え?」
 しまいかけた時計をリアーネへ差し出した。きょとん、とアルフレドを見上げてくる彼女に向けて、時計を揺らして見せる。
「時計無いと意外と不便だろ? 俺は寮戻ればサブの腕時計あるし、修理終わるまで使ってていいぞ」
「……でも、大事なものだって言ってませんでしたか?」
「そりゃそうだけど、どこぞの筋肉バカじゃあるまいしお前なら壊さないだろ。スマホは充電切れとかあるし、念のために持っとけ」
「……はい、ありがとうございます」
 もう一度時計を差し出せば、ようやく彼女は受け取った。余程申し訳なく思っているのか、その仕草はぎこちなかったが。
「……くれる訳ではないんですよね?」
「えっ欲しいのか!?」
「そういう訳ではありませんが……!」
 意外な言葉につい聞き返せば、リアーネは目を泳がせる。妙に歯切れが悪い。一体何なのだろう、とアルフレドは首を傾げた。お人よしで真面目な彼女は変なところで気を遣うが、それにしても不自然なリアクションだ。
(……あ)
 学園の七不思議、その一つ。その舞台は、この中庭ではなかったか。
「なぁ、リアーネ」
「は、はい」
 突然名前を呼ばれ、リアーネはびくりと肩を揺らした。対するアルフレドはと言うと、何とも楽し気な笑みを浮かべている。まるで、最高の名案を――あるいは、とびきりの悪戯を思いついたときのように。
「その時計、俺の大事なものなんだ。子供の頃誕生日に貰ったものでさ、ずっとポケットに入れて持ち歩いてたし」
「え、ええと、それが……その……どうしました?」
「あげてもいいぞ?」
「――!?」
 声にならない悲鳴を上げ、リアーネは絶句する。白い肌がどんどん赤く色づいていく様を眺めながら、実に楽しそうにアルフレドは言葉を続けた。
「リアーネがそうして欲しいって言うなら、あげてもいい」
 七不思議の一つ。幸せを約束する伝説の樹と、恋愛成就のおまじない。
 肌身離さず持っていた一番大事な宝物を好きな人に贈れば、恋が叶うという。
 今までも、今日も、そんなつもりはなかった。周囲を牽制しようだとか、おまじないを実行しようだとか、そんなことは考えていたわけではない。
 リアーネだって、本気でおまじないを信じている訳ではないだろう。……ただそれでも、つい思い出してしまった。そして気にせずにはいられなかった。そのぐらいには、彼女の心の中でアルフレドが占める割合は大きいのだ。その事が嬉しくてたまらなくて、つい調子に乗ってこんなことを言っている。我ながら本当に厄介で、どうするべきかわからず持て余しているのに、――そのくせ、嫌ではないのだ。
「なぁリアーネ、七不思議って信じるか?」
 にっこりと笑ったまま、アルフレドはとどめの一言を放つ。リアーネはいよいよ一言も発せなくなり、しばし沈黙が流れる。
「……か、」
 さて、ここからどうするかと見守る彼の前で、リアーネはようやく口を開いた。
「か?」
「返します! 貴方の大事なものなので!」
 その割には勢いよく懐中時計が投げ返された。リアーネは未だに赤い顔のまま、ぷるぷると震えながらアルフレドを睨んでいる。何て言い返してやろうこいつめ、なんて考えているのだろう。
「っ、はは……まったく、お前ってやつは」
「わ、わらわないでください!」
「いやいや、笑ってない笑ってない」
「どこがですか!?」
 悪いと思いつつも、アルフレドは笑いが堪えきれなかった。普段澄ました顔をしているのに、あんまり素直に反応するものだから、ついやってしまった。……かわいい、なんて思ってしまうのは仕方のないことだろう。
 彼女からすれば、自分も大概〝変な奴〟だ。申し訳ないとは思うが、諦めてほしい。
「――さて、そろそろ行くか。こんなことして遅刻したとか言い訳できないし」
「誰のせいだと……!」
 リアーネはキッと睨みながら言い返しかけたが、ふっとその表情を和らげた。仕方ないですねとでも言いたげな苦笑を浮かべ、立ち上がる。
「……そうですね、本当にそろそろ戻りましょう。今日は部室に来るんですか?」
「ああ、一応顔出す予定だ」
 普段通りの会話をしながら、並んで歩く、先程までのやり取りなんてなかったように、ごく自然に。いつもの冗談、で終わったという事だろう。良かったのか悪かったのか、いまいち判断できないまま、中庭から校舎へ入ろうとした瞬間だった。
「ねえ、アルフレド」
 足を止めたリアーネが、アルフレドを呼ぶ。いつも通りのようで、いつもとは違う雰囲気に、アルフレドも立ち止まる。
「何だ、急にどうし」
「私、外堀埋められてるなんて思ってませんよ」
「……は?」
 アルフレドの思考が再び停止する。その言い回しを、つい最近誰かに使われた。
「ジャックに聞きましたので。……都合が良かったのは、私にとってもということです!」
「……いや待て、都合って何の」
「まずは胃袋を掴めとも教わりました。……明日はおにぎりにする予定なので、ちゃんと食べてくださいね?」
 リアーネはまるで花が綻ぶように――その顔を見慣れているはずのアルフレドでさえ見惚れてしまうほど、可憐な笑みを浮かべた。少し恥ずかしそうでいて、どこか悪戯っぽさも含んだ表情にどきりと心臓が跳ねる。
「……あ、いや、だからちょっとまて――」
「では約束ですよ、アルフレド。……また後で!」
 引き止める間もなく、軽やかに駆けだした彼女は校舎に入っていく。その背中を呆然と見送り、アルフレドはずるずるとその場にしゃがみこんだ。
「……参ったな」
 きちんとした返事が欲しいなら、まずこちらがきちんと言えという事だろうか。自分が思うより、彼女は天然でも鈍感でもなかったらしい。全部見透かされていたような気がして、我ながら滑稽極まりない。
「……本当、参ったよなぁ」
 しみじみとつぶやく。本当に格好悪い。……だけど、彼女が相手なら仕方ない、悪くないと思う自分もいた。
 しゃがみこんだままのアルフレドを急かすように、予鈴が鳴り始める。……とりあえず、あの悪友は放課後真っ先に問いつめよう。彼女との答え合わせはその後に――そしてひとまずは、学生の本分を果たさないと。そう決めて、ようやくアルフレドも走り出した。


『冒険部譚』の設定に全力で乗っかった自宿学パロ。青春爆発系を目指しました。
こんなやり取りしてるけれど、『冒険部譚』『冒険部奇譚』では付き合ってない(付き合えてない)気がします。
ジャックは腐れ縁の相棒が愉快なことになっているので、全力で面白がりかき回しています。リアーネのことは応援している。
ちなみにリアーネ・ジャック・シャルロットが高2、アルフレド・ステファノは高3、ティサは教師。