朽葉通り
『朽葉通り』『さよならの森へ』のネタバレを含みます。未プレイの方はご注意ください。
「いつかここを訪れる貴方。
親愛なる****へ。
この棚の何処かに、貴方のための鍵を用意してあります。
それは、いつか役に立つ時が来るかも、来ないかもしれない秘密の鍵です。
必要であれば貴方のもとへ、不要であれば手に取る必要はないでしょう。
もしも貴方が鍵を探すなら、戸棚はたくさんあるけれど大丈夫。
自分の心に問いかけたなら、貴方の鍵はおのずとあらわれます。
それは、戸棚に眠る秘密を探すように。
忘れていた大切な事を、思い出すように。
...Sincerely.」
「……ここの引き出しすべてに、小さな鍵と、書き置きの手紙が入れられているみたいだな」
冒険者たちは、朽葉通りを訪れていた。どこか懐かしい気がする静かな町並みは、不思議な気配がした。
様々な店が並ぶ中、冒険者たちが足を運んだのは鍵屋だった。店員の姿はなかったが、代わりに壁いっぱいに並ぶ戸棚と、一通の置手紙があった。どうやら勝手に棚を開けていいらしい。冒険者たちは、心が引かれるままに引き出しを開けた。
*
<雨の鍵>
雨の鍵。体を打つ雨は止まない。
孤独、歳月。待ち人は未だ来ず。
それでも待ち続けるのなら。
これを貴方に。
『月虹』アルフレドの場合
「雨の中で道に迷うのは、いつも俺の方だけどな」
手の中で鍵をくるくると弄びながら、アルフレドはつぶやいた。思い出すのはつい先日の事――魔女の遺品整理依頼を受けた時の事だ。魔女の忘れ形見ともいえる蝶の呪いを受けてしまい、最愛の恋人であるリアーネのことを忘れてしまったのだ。冷たい雨が降りしきる中自分を探してくれた彼女に『誰だお前は』と言い放ち、挙句の果てには剣を向け怪我を負わせた。……思い出すだけで腸が煮えくり返る。その怒りを鎮めようと、アルフレドは静かに息を吐き出した。
「孤独も、降りしきる雨も、全部俺が選んだものだ。寂しいなんて言ってられないな」
路地裏で剣を交えたあの日、本気で〝お嬢さん〟と決別するつもりだった。彼女が嘘をついていないことは何となくわかっていた。街で聞き込んだ通り、優しく誠実なお人よしであることも。……だからこそ、忘れてしまえと思った。目的の為なら誰かに嘘をつき、傷つけることも躊躇わない――こんな人でなしに彼女が構う必要はない。きっと一緒にいたのは、ささやかな気まぐれで、間違いだったのだ。そう思っていた。
「……仕方ないですねえ、アルフレドは」
引き出しから自身の鍵を取り出しながら、リアーネが言った。呆れたような言葉とは裏腹に、その声音は朗らかだった。
「それじゃあ、私が迎えに行ってあげますよ。貴方が一人ぼっちで風邪なんて引かないように」
「……そうだな、頼む」
リアーネは優しく微笑んだ。きっと、彼女の瞳には世界は美しく映っているのだろう。だからこそ彼女の言葉は人の胸にそっと寄り添い、殺伐とした心を潤していく。
剣を向けたアルフレドのことを、リアーネは見捨てなかった。約束通り彼女がアルフレドの記憶を取り戻してくれた時の衝撃と後悔は、今もこの胸に重く刻まれている。
きっと一人きりでも、彼女の記憶を失ったままでも生きてはいけた。むしろ胸を焦がす恋情など無い方が楽に生きられた。――それでも手放せないものがあるのだと、今の自分は知っている。
(……お前と出会って、お前を慈しんで、本当によかったよ。リアーネ)
アルフレドはそっと胸中でつぶやき、ドアに手をかけた。もう片方の手はリアーネへと差し出す。
「今は帰ろうか、黄昏の鳥亭に」
「ええ」
嬉しそうに微笑んだリアーネがそっと手を重ね、二人は外へ踏み出した。まだ少し冷たい風が、春の訪れを告げていた。
『星躔』ラルフの場合
「占いみたいなものか」
ラルフはそうつぶやいて、取り出した鍵を手の中でくるりと回した。
「雨は止まず、待ち人は来ず……か。報われない俺みたいじゃないか」
「……それは」
上手く言葉を見つけられないサンドラに、ラルフはくすりと笑う。その声にも表情にも、皮肉げな響きは無かった。
「気にするなよ、俺は気が長い方なんだ」
「……そうか」
胸の痛みを紛らわすように、腰に佩いた剣の柄をぎゅっと握る。はるか遠い故郷から唯一、無事に持ってこられた得物。幾度となく己を助けてくれた相棒も、この問題ばかりは解決してくれそうになかった。
戦乱で仲間も故郷も失い、生きる意味さえ感じられず彷徨う中で出会ったのが、このラルフという青年だった。半ば強引に彼に連れられ冒険者となり、一緒にパーティを組んで冒険しているが、サンドラは少しだけラルフのことが苦手だった。
両親も祖父母も高名な冒険者であるという彼は常に自信に満ち溢れ、その自信を裏切らない才能の持ち主だった。明晰な頭脳を活かし、何度もその知識と魔術でパーティに貢献してきた。騎士でありながら主君も仲間も何一つ守れなかった自分とは全く違う――彼を見つめるたび、サンドラの胸は劣等感で苛まれていた。――もし、自分がもっと強かったら、あるいは賢かったら、あの美しい故郷は廃墟とならずに済んだのではないか。それを回避できなくとも、せめて幼い姫君だけでも助けられたのではないか――そんな後悔が枷となり、足を止めてしまいそうになる。
だから、そのラルフが自分に好きだなんて言ってきたときは大真面目に体調不良を疑った。どこぞで頭を打ったか呪いでも受けてきたのかと思ったのだが、彼は至って正気で本気だった。断っても先程のように「俺は気が長いからな」と機嫌を損ねることなく、しばらくすればまた告白してくる。そんな二人のやり取りは星影の剣亭の定番となってしまい、仲間は勿論親父さんや娘さんまで微笑ましそうに見てくる。心底気まずいのはサンドラだけらしい。
「……本当に、君は訳が分からないな」
否、苦手なのではない。闇夜でも道を照らしてくれる星のような彼が眩しくて、焦がれる程綺麗で、だからこそ近づきたくない。いつか目を焼かれてしまうのではないかと怖いのだ。
……この感情は何だろう。憧憬、羨望、嫉妬、恋――そのどれもまだしっくり来ない。
ただ一つ確実なのは、サンドラはこの青年が嫌いではないのだ。むしろ好ましく思っているからこそ、こうして一緒に冒険をしている。それを伝えられる日は、まだ遠いけれど。
「……それでも君は、待ち続けるんだろうな」
「そうだぞ、俺はかなり一途だからな。覚悟してくれ」
サンドラが無意識につぶやいていた言葉はばっちり聞こえていたらしい。ラルフはえっへんと胸を張り、笑った。
「だから、サンドラが迷子になってしまったら、雨の中でも探しに行くよ。君は誇り高いひとだけど、一人で背負わせたりはしない」
そう告げるラルフの声は穏やかだったが、サンドラの胸に強く響いた。年下のはずのこの青年は、時々妙に大人びて見える。やはり神秘を追い求め研鑽する、魔術師の血筋だからだろうか。……それとも、別の何かがあるのだろうか。
サンドラが手にしたのは、空の鍵。孤高、誇り高いもの――人々が見上げた先で輝くもの。自分がそんなに上等なものだとは思えなかったが、悪い気はしない。一人ぼっちにはしないと言ってくれる星があるのなら、尚更。
「……次の店に行こう。あのアンティークショップ、君が好きそうだ」
「あっ、待ってくれサンドラ! せっかく二人きりなんだから手でも――おーい?」
慌てるラルフに構わず、サンドラは店の外へ出た。まだ少し冷たい風が、春の訪れを告げていた。
リプレイ元シナリオ:『朽葉通り』(制作:Atelier様)
メインPTの参謀アルフレドと、その孫でやはり参謀のラルフが同じ雨の鍵を引いていたので書いてみました。二人とも一度好きになったらとことん一途なので、冷たい雨が降りしきる中でも待っててくれそう。
アルフレド達は同作者様の『さよならの森へ』、ラルフたちは同作者様の「海底のアルフェラッツ」の少し後、という設定です。
アルフレド達の方はパーティを結成してかなり長いですが、ラルフたちはようやく駆け出しを卒業したばかり。ラルフが報われる日は果たしてくるのか。
ラルフは一見父や祖父アルフレド似ですが、その本質は祖母リアーネ似なので、彼女と同じように「ひとりぼっちにはしないよ」と言える。そんなお話でした。