7日目夜、酒場にて
『霧中の燈火』のネタバレを含みます。未プレイの方はご注意ください。
「なあアルフレド、そんなイライラすんなって」
わざと明るい声で、ステファノは傍らに控える仲間に話しかけた。アルフレドは険しい視線を酒場の二階から離すことなく答えた。
「無理に決まってるだろう。二人きりなんだぞ、燈火のリーダーと」
「アロイスが下心から言った訳じゃないのはわかってるだろ? 俺たちのリーダーに手を出すほどバカじゃねぇよ、あいつは」
そんなことでアルフレドの苛立ちが解消するわけではないと理解しつつ、ステファノは軽い調子で続けた。――いつでも抜剣できるよう、得物からは手を離さずに。
『なあ、リアーネ。店の二階が空いてる。ちょっと付き合ってくれないか』
『わかりました、行きましょう』
アロイスの持ちかけに、『月虹』のリーダー・リアーネは多少の警戒を滲ませつつ頷いた。……その直前、腰の細剣に手をかけつつアロイスを睨みつけたアルフレドに、『一対一で敵う訳ないだろ』と彼が苦笑したのは些末な出来事である。少なくとも、『月虹』ではお馴染みのことだ。
二人が二階へ上がったのを確認して、ジャックは「……行ってくる」と酒場の外へ出た。その手にはいつの間にやら狙撃用の長銃があり、宣言通りリアーネたちの様子を確認できる高所を探しに行ったのだろう。あっという間に夜の闇に溶けたジャックの背を「私はあいつの支援ね」とティサが追いかけ、シャルロットは呼び出した風精と共に外で待機している。アルフレドとステファノは、退路確保のために酒場に留まっていた。――これで万が一リアーネに攻撃が仕掛けられても、即座に対応できる。
「だからそんなピリピリすんなって! 町を火の海にするつもりか?」
「……いいな、それ」
冗談のつもりではなった言葉は、冷たく薄い笑みで肯定されてしまった。赤い瞳は魔術行使の予兆を示すようにうっすらと輝き、酒場を取り囲む多数の気配は殺意を一気に膨れ上がらせた。
「アルフレド」
「……わかってる。そんなことしたら流石にリアーネも無傷じゃいられない」
アルフレドは面倒くさそうに手を振った。相変わらず細剣から手は離さないが、魔術に疎いステファノでさえ感じ取れるほど活性化していた魔力は平常に戻った。
(リアーネが怪我しねぇんなら燃やすのは構わねぇのか? ……やるか、コイツなら)
せめて他の仲間の心配もしてほしい、とステファノは胸中でぼやいた。炎魔術を最も得意とするアルフレドが本気になれば、町一つ簡単に燃やし尽くせるだろう。この手にはカナン王が愛用した魔剣があるが、傷一つなく潜り抜けるのはきっと難しい。シャルロットに水精を呼んでもらえばどうにかなるだろうか――ステファノがそんなことをぼんやり考えていると、ぽつりとアルフレドがつぶやいた。
「……わかってるんだ。あの二人が、〝リーダー〟として話していることぐらい」
アルフレドの右手は、心臓を掴もうとでもするように強く自身の胸に押し当てられていた。その端整な顔立ちは苦痛に歪み、声も掠れている。
「それでも俺は、あいつが傷つくかもしれないのが見過ごせない。たとえ髪の毛一本でも傷つけられようものなら、俺は――」
押し殺した言葉の先は、ステファノにはわからない。ただ、町を火の海にするという先程の言葉は半分冗談で、半分本気なのだ。それぐらいは知っている。
(最初会ったときは、もっと冷血でつまらないやつだと思ったんだけどな……)
氷のように冷徹で合理的だと思った彼は、意外にも炎のような激情を秘めていた。それがリアーネを守ることに向けられているのなら、それでいい。それだけひたむきになれる愛を持っているのは素晴らしいことだ。……たとえその愛が、他者を躊躇いなく焼くのだとしても。
「――リアーネ!」
足音に真っ先に気づいたのは、アルフレドだった。二階から降りてきたリアーネには傷一つ無い。無論、彼女を先導してきたアロイスも同様だ。
「お待たせしました、と言いたいところですが――もう少し、彼と話をしてきます」
「……そうか」
僅かに顔をしかめつつも、アルフレドは頷いた。その様子を見ていたアロイスはやはり苦笑しつつ、「こっちだ」とカウンターの奥へリアーネを連れて行く。どうやら地下に隠し部屋があるらしい。
「……何だったんだ?」
「さぁ。――だがリアーネが決めたことだ、信じて待つさ」
カウンターの席へ座り直し、アルフレドは息をつく。先程までの苛立ちは幾分和らいだようで、その横顔は落ち着いていた。
「ただ、嫌な予感はするな。リアーネも言っていたが、やはりこの依頼……」
アルフレドは何事かつぶやきながら、思考に沈み始める。リアーネの顔を少しでも見れたからだろうか、だいぶ平時の冷静さを取り戻したらしい。これならもう大丈夫だろうと判断し、ステファノは意識を外へ向ける。
彼が『月虹』の頭脳なら、自分は真っ先に敵へ斬りかかる剣だ。後方から戦場を見渡し指示を出すリアーネが傷つかないように、病的な恋情を抱えるアルフレドが火の海を作り出さなくて済むように、この剣で道を切り拓くのが己の役目だとステファノは決めていた。
「――来たな」
「ああ」
だから、今夜もこうして剣を手に立ち上がり音もなく放たれたナイフを弾く。力強く踏まれた床はぎしりと耳障りな音を立て、がちゃんとグラスが割れる。悲鳴、怒号、溢れた酒の匂い――戦闘の気配に、戦士の血が沸き立ち始めた。
「こんばんは、冒険者様」
「よう美人さん。あいにくリーダーは不在でな、出直してくれるか?」
「あら、それは困りましたわ」
ナイフを手に、女は妖艶な笑みを浮かべる。隣に並んだアルフレドは再び赤い瞳を揺らめかせ、細剣を抜き放った。
「盗賊ギルドか。……あぁ畜生、嫌な想定っていうのは大体当たるんだよな」
「おい参謀、嫌な想定って何の話だ」
「後で話す、というか話すまでもないだろ。――要は『成立しない依頼』、ってことだ!」
再び襲いかかってきた投げナイフは、アルフレドが放った《火炎の弾丸》によって弾かれる。夜霧の街、燈火を掲げてきた酒場で剣戟の幕が上がった。
リプレイ元シナリオ:『霧中の燈火』(制作:カブ様)
リーダーへ病的な恋を抱える参謀と、そんな参謀を「ヤバイやつだなこいつ……」と思いつつ自身も_愛に生きる なので意外と応援しちゃってる戦士の一幕。
《火炎の弾丸》は『万色の魔術師、その遺産』(制作:烏間鈴女様)より。