駒鳥捕らえるは叶わず、
『茨啄む駒鳥よ、』のアルリア後日談(二次創作)まだ付き合ってない両片思いの二人。
「ほらリアーネ、さっさと脱げ」
「う、うう……」
アルフレドの言葉に、リアーネは小さく呻く。依頼を終えて常宿に戻ってきた二人はリアーネの自室――それもベッドの上で向かい合っていた。時刻は深夜、もう間もなく日付が変わろうという頃である。
「で、でも別に、こんなことする必要は――」
リアーネはアルフレドを見上げ、子猫のごとくぷるぷると震えながら言った。よほど恥ずかしいのか頬は真っ赤に染まり、紫がかった青の瞳は若干潤んでいる。それを無視し、アルフレドはあえて高圧的に言い放った。
「……早くしろ。無理やりされたいのかお前は」
「むっ……りやりとか、そんなの言わないでください! 私ひとりで出来ると言ってるんです!」
小さく悲鳴をあげたリアーネに対し、アルフレドは深い溜息をついた。……全く、強情なお嬢さんだ。世話が焼ける。
「背中に自分で薬を? そこまで器用とは恐れ入った」
「魔術で……いや、傷薬飲めば」
「魔術も薬もあまり使いすぎては治癒能力が落ちると、常日頃口うるさく言っていたのは誰だったかな」
「うぅ……!」
舌戦でリアーネがアルフレドに敵うはずもない。がっくりと項垂れた彼女は、観念したようにようやくコルセットの紐に指をかけた。
「せめて、あっち向いててくれませんか……」
「わかってるよ。当たり前だろ」
アルフレドは用意してあった塗り薬と清潔な包帯を手に取り、リアーネに背を向けた。衣擦れの音がやけに耳につくのを感じながら、ここ数日のことを思い返す。
――オルドールでの依頼は散々だった。なんせ手頃な遺跡調査かと思ったら妙な聖遺物に目をつけられ、あと一歩で呪い殺されるところだったのだ。この稼業は想定外がつきものとはいえ、勘弁してほしい。
本体を叩いて解呪はしたが、アルフレドは勿論リアーネもそれなりの傷を負っていた。彼女の場合、特に酷かったのが背中だ。アルフレドを背負っていたことで茨が食い込み、服が裂け背中全体に血が滲んでいるのを見たときは流石にぞっとした。当人は「大したことないです」と笑っていたが、負わなくてもいい傷をつけさせたのは己だと思うと、心底情けなくなる。
器用なリアーネと言えど背中を自力で手当するのは難しく、癒やし手のシャルロットは不在のためアルフレドが手伝うことになった――というのがここまでの経緯である。場所が場所だけに誤解を生みそうな台詞の数々だったが、アルフレドに年下の少女を手籠めにする趣味はない。ましてやそれが同じパーティの仲間で、リアーネなら。だがこれぐらい強く出ないと、このお嬢さんはアルフレドを頼ろうとしない。ひとには一人で無茶するな頼れと言う癖して、自分は弱音の一つも吐かないのだ。
「ア、アルフレド。もう大丈夫です」
上擦った声にゆっくり振り返る。リアーネは上半身の服を全て脱ぎ、こちらに背を向けていた。透き通るように白い肌には、無数の赤い裂傷が刻まれていた。とうに出血は止まっているが、ほんの少し触れればまた血が流れ出しそうな生々しい赤だった。
「薬塗るぞ」
「はい……」
塗り薬を指ですくい、そっとリアーネの背中に伸ばしていく。触れるたび、華奢な身体が小さく跳ねた。
「滲みるか?」
「す、少しだけ」
ならばさっさと終わらせてしまおうと、アルフレドは無言で指を滑らす。――小さく、頼りない背中だ。こんな細身でよく自分を背負えたものだと思う。
「……アルフレド」
「ん?」
沈黙に耐えかねたのか、リアーネが聞いてきた。
「貴方の傷は大丈夫なんですか? 私より、貴方のほうがずっと酷かったでしょう」
「俺は解呪のついでに治療もしてもらったからな。今のお前ほどじゃない」
「……おや、よく吹っかけられませんでしたね」
「前にちょっと頼まれてやった神官がいてな、これで貸し借りなしだって」
「そんな話聞いてませんが」
「今初めてしたからな」
「……まったく、貴方という人は」
はぁ、と呆れたような溜息がひとつ。諦めか許容か、リアーネはそれ以上追求してこなかった。
「包帯巻くぞ。きつかったら言え」
リアーネが無言で頷いたのを確認し、薬を塗り終えた患部にガーゼを当てる。その上からくるくると包帯を巻き付けていく。必要以上に身体に触れないように、慎重に。無心で手を動かせば、すぐに作業は終わった。
「出来たぞ、苦しくないか?」
「ん……そうですね、大丈夫そうです」
声をかけながら、背中で包帯が縒れていないか確認する。包帯の無機質な白は、やわらかな肌の上では随分浮いて見える。傷は隠れたのにそれが却って痛ましく、アルフレドはつい手を伸ばした。
「っ……アルフレド、」
「――悪かった」
それが何に向けた謝罪なのか、アルフレド自身にもわからなかった。傷があるとわかっていて触れたことか、相容れないとわかっていても離れられないことか。
どうか、傷跡一つ残りませんように。――どうせ残るなら、忘れられない傷になればいい。そんな身勝手極まりない感情を、未だ捨てられずにいる。いっそ突き放してくれればいいのに、リアーネは何度だってアルフレドに手を伸ばし、握ってくれるのだ。その手を、離したくないと思ってしまっている。
馬鹿だ、と言うのは簡単だ。その優しさがいつか自分を傷つけるとわかっていて、それでもリアーネは折れようとしない。……それなら、己は何をすべきだろうか。何をしたいと、思っているのだろうか。答えは、まだ出ない。
「リアーネ」
「は、はい」
包帯に包まれた背中をそっと撫でる。彼女は小さく身じろいだものの、何も言わなかった。何も言えなかった、なのかもしれないが。
「……ひゃうっ!?」
多分、それで調子に乗った。気づけば、包帯の上にそっと唇を寄せていた。痛みか動揺か、リアーネは飛び上がらんばかりの勢いで悲鳴をあげる。
「あ、あのアルフレド、今なにを――」
「悪い、包帯がちょっと縒れてたから引っ張った」
「え、あ、あぁ……そうでしたか……」
大嘘である。しかしリアーネはそれを信じたようで、強張っていた身体から力を抜く。――あまりに素直すぎやしないか、このお嬢さん。というか、今一体俺は何をした?
「……俺はもう出る。さっさと着替えて寝ろよ」
「は、はい」
ほんのりと肌を染めたリアーネから目をそらし、さっと立ち上がる。いつも通りと言い聞かせながら、足早になるのを抑えられなかった。
「おやすみなさい、アルフレド。……ありがとうございました」
「礼を言われるようなことじゃない。……おやすみ」
ドアを閉める直前投げかけられた挨拶は思っていた以上に穏やかで、余計苦しくなる。本当に、礼を言われることじゃないのだ。罪悪感と形容できない何かを抱えて、アルフレドは自室に逃げ込んだ。……今夜はきっと、眠れない。
それでも止まり木ぐらいにはなれるかも。