言の葉届かず、宛先知らず

「好きなひとがいるんです。だから、ごめんなさい」
 そう言って頭を下げる。数秒の沈黙の後、「そうか」とつぶやいた声は思っていたよりも穏やかだった。
「顔をあげてくれ。……薄々、そうなんじゃないかとは思ってたんだ」
「はい……」
 目の前の青年は少し寂しそうな、それでいてなぜか優しげな顔をしていた。想定外の反応に、こちらが狼狽えてしまう。
 青年は薬師で、よく黄昏の鳥亭に薬草調達の依頼を出していた。薬草や調合の知識がある自分を信頼してか、何度か指名されたこともある。……だけど、まさか好意を寄せられているなんて。先程『話がある』と呼び出されるまで、そんな可能性は露ほども考えていなかった。
「私、そんなにわかりやすかったでしょうか」
「わかりやすい、とは少し違うかな。……あぁ敵わないなって、そう思ったんだよ」
「……そうですか」
 それは結局、わかりやすいということなのでは――なんて言い返すわけにもいかず、言葉を呑み込む。依頼中は努めて普通に振る舞っていたつもりだったけれど、甘かったのだろうか。
「だから、これは僕の自己満足だ。付き合わせてしまって申し訳ないね」
「いえ、そんなことは」
 気遣いではなく、本心から首を横に振る。だがなぜか青年は、苦しげに表情を歪めた。
「本当に優しいね、君は。君のそんなところが、きっと――」
 ざあ、と強い風が吹く。その音に紛れて、言葉の続きは聞こえなかった。彼の表情を見れば聞き返すことは躊躇われて、顔を伏せる。
「聞いてくれてありがとう、冒険者さん。――君の恋が成就することを、陰ながら祈っているよ」
「ありがとうございます。……それでは」
 青年が背を向け、去っていく。その後ろ姿にもう一度一礼し、踵を返した瞬間だった。
「……宿の裏手でする話じゃないな、まったく」
「あっ……アルフレド!?」
 視界に飛び込んできた姿に、声が裏返る。気だるげに壁にもたれていた彼――アルフレドは、そんな私を見て苦笑した。
「あ、あの貴方、一体いつから……というか、どうして、」
 どこから聞かれていたのか、名前は出していたか――ぐるぐると目まぐるしく脳内が回る。顔に熱が集中して、くらくらしてきた。もし、もしも知られてしまっていたら、どうすれば――
「娘さんから、お前が客に呼び出されたって聞いて。何度か依頼に来てたやつだし大丈夫だろうとは思ったけど、一応な」
「あ……それは、お手数おかけしました……」
「まったくだ。うちのリーダーはどうにも無防備で困る」
 皮肉げに言ってみせるけれど、要は私を心配して来てくれたのだ。わかりづらい優しさが嬉しい反面、手のかかる後輩でしかないのだろうかと思うと苦しくなる。情けない顔を見られたくなくて、つい俯く。
「……どうした。あっさり引き下がったように見えたが、何か妙なことでも言われたか?」
 声を低めてアルフレドが問うてくる。揶揄い混じりだった表情は、いつの間にかすっと引き締められていた。
「……いえ。そういう訳じゃ、なくて」
 そんな顔をされるとわからなくなってしまう。混乱のままに、口が勝手に動いた。
「恋って、もっと楽しいものなのかと思っていたんです。ジャックの話をするシャルロットは、とても楽しそうでしたから」
 突然だ、と自分でも思う。きっと彼もそう思ったに違いないのに、何も言わず目線だけで続きを促してきた。……あぁ、またこうして貴方に甘えてしまう。
「一緒にいれば楽しいし、どきどきもしますけど、でも……やっぱり、苦しいんです」
 声が震えてしまう。情けないことに涙まで出てきそうで、ぎゅっと唇を噛んだ。
「頼れる存在でありたいのに全然出来なくて、嫌われたくない、重荷になりたくないって不安ばかりで、……どうしたらいいのか、わからなくて。好きなのに、どうしてこんな、」
「お前はどうしたいんだ、リアーネ」
 迷いを踏み潰すように力強い声が遮る。はっと顔を上げれば、赤の瞳が鋭く私を見据えていた。
「そんな奴忘れたいのか、どんな事をしてでも自分のものにしたいのか――いつだって決めてきたのは、お前自身だろ」
「……それは、」
「もう一度聞くぞ、お前はどうしたいんだ。……それがわからなきゃ、何も言ってやれない」
 静かな声の奥底で、炎が燃えているような気がした。その勢いに押されるように、言葉が滑り出てくる。
「……好きなんです。一緒にいたいんです」
 たとえ振り向いてくれなくても構わない。同じ景色を、隣で見ていたいだけだから。
「出来ればそのひとにも、同じように思ってほしい。ただそれだけなんです」
「それだけ、と言うには大層な願いだけどな」
「うっ……それはそう、なんですけど」
 明日何があるかわからない身の上、ただ一緒に冒険を続けたいと願うだけでもきっと夢幻のようなもの。……それでも、それを導としていたい。
「駄目でしょうか、やっぱり」
「……いいんじゃないか。少なくとも、さっきよりはマシだ」
 そう言いつつ、アルフレドは私に背を向けた。そしてどこか、つっけんどんに言い放つ。
「まぁ、俺は助言なんてしてやれないけど」
「してくれないんですか!? ……あ、いえ、いいんです」
「は?」
 反論が来ると思っていたのだろう、虚を突かれたように振り返る彼がなんだかおかしくて、つい笑ってしまう。
「これは、私が自分で伝えなきゃいけないので。……だから、大丈夫です。頑張ります」
「……そうか」
 再び背を向けたアルフレドが、宿の扉に手をかける。そのまま開けようとして――なぜか、手を止めた。
「アルフレド?」
「俺は相手がどこの馬の骨か知らないから、これは推測でしかないけどな」
 彼は振り返らないまま、淡々と告げる。その表情は窺えない。……いつか、その顔をちゃんと見せてくれるだろうか。
「お前にそれだけ熱心に想ってもらえるのは、きっと、幸せなんじゃないか」
「……そうでしょうか」
「多分な。――先に戻ってるぞ」
「……あっ、ちょっと! 待ってください!」
 慌ててその背中を追いかける。ぎぃ、と軋むドアは、私が飛び込むまで閉まらずに待ってくれていた。