ブーゲンビリアのまなざし

 アルフレドは首を捻った。その視線の先には、パーティのリーダーであるリアーネがいる。
 月の光を写したように輝く銀の髪、白く透き通る肌。長い睫毛に縁取られた瞳は神秘的な深い青。高嶺の花という言葉がふさわしい美人だが、中身は真面目で勤勉なお人好しだ。現に、今も宿の亭主を手伝いせっせと夕食の支度をしている。
 エプロンの下は普段からよく着ている黒のブラウスにスカート、髪の結い方もいつと変わらない。だけど、何かが違う。どこかはわからないが、強いて言えば――
「リアーネ、綺麗になったか?」
 はっと口を閉じる。同じテーブルに別の仲間――ジャックとステファノがいるのを思い出したからだ。
「あぁわかるぜ、雰囲気変わったよな」
「リアーネ目当ての客、増えた……」
 てっきり揶揄われるかと思ったが、意外にも素直な同意が返ってくる。少し拍子抜けした――のは、ほんの一瞬だった。
「笑顔増えたし、なんつーか……可愛くなったよな。好きなやつでもできたか?」
「は?」
 好色なステファノはすぐ色恋沙汰に結びつける。くだらないと思う反面、己の中の不安を言い当てられたようでつい声が尖る。ステファノがニヤリと笑った。
「きっかけは色々あるだろうけどよ、やっぱ一番はそれじゃね? どうすんだ参謀サマよ」
「……どうする?」
 ジャックまでうっすらと笑みを浮かべ、こちらを見てくる。……結局こうなるのか。
「別にどうもしない。口出すような立場じゃないだろ、俺もお前らも」
「えー、そうかぁ? オレはリーダーが変なやつ引っかかったら心配だなぁ」
「そのわざとらしい口調をやめろ!」
「俺も心配。リアーネ泣いたらかなしい」
「しおらしい振りするな気色悪い!」
「酷いな。俺は相棒の事もこんなに心配しているのに……」
「せめてその薄ら笑いを引っ込めてから言え!」
 ジャックはしくしくと泣き真似までして見せるが、愉快気に歪んだ口元が隠せていない。彼にとってはこんな会話も暇つぶしに過ぎず、自分は体のいいオモチャなのだろう――そう思うとどっと疲労感が襲ってきて、アルフレドはつい溜息をこぼした。
「大体なお前ら、俺は別にリアーネの事を――」
「はい、呼びましたか?」
「っ!?」
 澄んだ声はすぐ近くから聞こえた。飛び跳ねるように振り返ったアルフレドに、リアーネは首を傾げる。その動きに合わせて銀髪がさらりと揺れた。
「夕食出来ましたよ、今晩はシチューです。……それで、私がどうかしました?」
「いや、別に――」
「リアーネが最近綺麗になったなぁって話を――イッテェ!」
 咄嗟にステファノの足を踏みつける。「おい!」と抗議する声は無視してさらに体重をかける。余計な事を言うな。
「……夕食出来たんだよな。皿運ぶのなら手伝うぞ」
「あ、あの、アルフレド!」
 軽くひと睨みしてから足を離し、立ち上がる。そのまま厨房へ向かいかけたアルフレドを引き留めたのは、他ならぬリアーネだった。
「……どうした?」
 珍しく上ずった声に釣られて、こちらも身構える。つい鋭くなった視線を避けるように、リアーネは軽くうつむいた。
「その、私……色々頑張ってみたんです。慣れないことしてるなって自覚は、あるんですが」
「あ、ああ……?」
 白い肌は赤く染まり、青い瞳はゆらゆら揺らめく。その緊張が伝染したのか、こちらまで顔が熱くなってきた。――なんだ、何なんだこれは。なぜか無性に逃げ出したい。でも、足が動かない。
 そんなアルフレドにとどめを刺すように、リアーネがさっと顔を上げた。
「アルフレド、私――綺麗になれたでしょうか?」
 まっすぐな視線がぶつかる。潤んだ瞳が、それでもなお強く突き刺さる。――頭の回転が鈍っていくのがわかる。そんな風に見つめられたら、誤魔化せない。
「綺麗、だと……思う」
 ずっと前から、とは言えなかった。言えるはずがないのに、そのことにどういう訳か後ろめたさもあった。そんなアルフレドの胸中など知らず、リアーネはぱっと顔を輝かせた。
「本当ですか!? ……よかった、これで自信をもって商品化できます!」
「は?」
 何の事だ。
「あらリアーネ、あの話受けるの?」
「はい。せっかくお声掛け頂きましたし、アルフレドから見ても効果があるなら大丈夫かなと」
「リアーネ、オレには聞いてくんねぇの?」
「ステファノは女の子みんなに綺麗だよって言うじゃないですか、参考になりません」
「今日は厳しいなリーダー!?」
「い、いや待てお前ら……何の話だ?」
 立ち尽くすアルフレドを置き去りに、ティサまで加わって盛り上がっている。引きつった声で問うと、ようやくリアーネが説明してくれた。
「実はですね、雑貨屋の奥様から私が作ったヘアオイルを店で売ってみないかと言われまして……有難いお話ですが、商品にできるほど効果があるのか自分ではよくわからなくて」
「……それで、俺に?」
「ええ。貴方なら忖度抜きで答えてくれるでしょう? 明日からさっそく準備しようと思います!」
 リアーネは晴れやかに微笑み、「その前に食事ですね」と厨房へ向かった。その背中で輝く銀髪は、確かに以前よりも艶やかだった。
「要は仕事か。……あぁ、もう」
 ずるずると力が抜けてテーブルに突っ伏す。配膳の手伝いをする気力は無かった。まったく、勤勉な彼女らしい。アルフレドにあんな質問をしたのは効果を確かめたかっただけで、それ以上の意味はない。安心したような、……少し残念だったような。そう思う自分が苛立たしくて、深く息を吐き出した。
「よかったなぁ、アルフレド。恋敵<ライバル>がいた訳じゃないらしいぞ?」
「ほっとした? ……それともがっかりした?」
「うるっせぇよお前ら! というか知ってたな!?」
「イッテ!?」「おっと」
 左右にそれぞれ一発ずつ蹴りを見舞う。残念ながら後者<ジャック>には躱された。

「よかったわね、リアーネ。アルフレドに褒めてもらえて」
「はい! ……髪の事だとしても、嬉しいです」
 厨房に向かいながら、ティサはそっとリアーネに話しかけた。答える妹分の顔は本当に嬉しそうで、ティサもつい頬を緩ませる。
 ティサは知っている。
 『綺麗になれたか』と尋ねたリアーネの手が震えていたこと。
 そもそもヘアオイルの調合なんて始めたのは『好きなひと<アルフレド>に綺麗だと思ってほしかった』からで、雑貨屋の奥さんに声をかけられたのはその延長に過ぎないということ。
(どう見ても髪の事だけじゃない顔だったけど……なんで気づかないのかしらね)
 自他ともに鈍感と認めるティサでさえ、二人が互いに向ける恋心には気づいているというのに。少々呆れる気持ちもあるが、初めての恋に戸惑いつつも努力する姿は健気で微笑ましい。
「叶うといいわね、貴方の恋」
「……はい」
 恥じらいつつもふわりと微笑むリアーネは、一等可愛らしい。……いつか、彼もこの笑顔を目にできるのだろうか。早くその日が来ればいいと、ティサはひっそり祈った。