この後めちゃくちゃ妖魔討伐した
「ん゙ん……」
黄昏の鳥亭、二階の自室。窓から差し込む朝日の眩しさで、アルフレドは目を覚ました。――眠気と気怠さで瞼は重く、目を開けていられたのは一瞬だったが。ぼんやりした意識のまま、手を伸ばして周囲を探る。
「……リアーネ?」
眠る前、しっかり抱き込んだはずの彼女が腕の中にいない。まさかもう起きて部屋に戻ってしまったのだろうか。だとしたら非常に残念だ、後で文句の一つでも言ってやらねば気が済まない――回転の鈍い頭でそんなことを考えながら、どうにか起き上がる。そして、ようやく目を開けて――
「……は?」
「おはようございます、アルフレド」
一瞬で意識が覚醒した。そこにいたのは、アルフレドのシャツだけを身に纏う恋人だった。肩幅が合わないせいでシャツはずり落ち、白い肌が無防備に晒されている。何だこれ、どういう状況だ? ――困惑するアルフレドをよそに、リアーネは少し恥ずかしそうに小首を傾げる。
「ええと、似合います?」
「似合っ――あ、あぁ、うん、そうだな……かわいい、と思うぞ」
庇護欲とは別の欲を煽るかわいさだが、なんて言えなかった。何せ普段ブラウスで隠れている首筋からデコルテは勿論、胸のかなり危うい部分まで見えてしまっているのだ。これは、見ていいものなのか。余った布が彼女の細さを強調しているようで、何も着ていないより却って目の毒だった。
「……急にどうしたんだ、そんな格好。冷える時期でもないだろ?」
声が上擦りそうなのをどうにか抑え、微妙に視線を外しながら問う。体格差を意識することは普段あまりないが、こうしてはっきり見せつけられると色々とくるものがある。朝から邪な考えばかり浮かびそうで、直視できない。
「彼シャツっていうんですよね、こういうの。アルフレドが喜ぶと教わりました」
「誰に!?」
「花曇り亭のユイさんに」
「あの人か……!」
アルフレドは頭を抱えた。ユイは最近知り合った他宿の冒険者で、会えば立ち話ぐらいはする仲である。……しかし、リアーネと彼女がそんな話をするほど親しくなったのは知らなかった。というか何を吹き込んでるんだあの人。一応聖職者ではなかったのか。
「……あの、アルフレド」
「ん? ……ん!?」
ベッドの端に座っていたリアーネが、すっと身を寄せてくる。いや待てその体勢は危ない、本当に見える――とはやっぱり言えず、アルフレドは硬直した。そんな彼に対し、リアーネはしゅんと眉を下げて聞いてきた。
「こういうの、嬉しくないですか?」
「嬉しいに決まってるだろ‼」
即答だった。しかも大声だった。普段は頭脳明晰な切れ者と言われるアルフレドだったが、リアーネが絡むと途端に人が変わると評判だった。非常に残念な男である。
「可愛い恋人が喜ばせようと頑張ってくれたんだぞ? 嬉しくない訳ないだろ」
「アルフレド……」
普段からは考えられないような甘い声音で囁き、手を伸ばしてリアーネを抱き寄せる。彼女は恥ずかしそうに頬を染めつつも、大人しく腕の中に収まった。
「着てみて思ったんですが、やっぱり大きいですね。袖余っちゃいました」
「そりゃまあ、お前よりはな……逞しさに欠けるだろうが」
リアーネは武器を持つことは殆どなく、一般人と比べても華奢な方である。対するアルフレドは魔術と剣の両方を扱うため、それなりに鍛えている。とはいえ、本職の剣士に比べればやはり細身だ。顔立ちもあってか、時々見た目で舐められるのが密かな悩みだった。
「そんな事ないですよ」
アルフレドの背にするり、とリアーネの手が回る。甘えるようにぎゅっと抱き着き、彼を見上げてふわりと微笑む。
「アルフレドに抱き締めてもらうと、安心しますし……とても、どきどきします」
ぷつん、と何かが切れる音がした。
彼女は、自分の恋人の欲深さを全く理解していないのだ。
「――リアーネ」
「はい……きゃあっ!?」
油断しきっていたリアーネを押し倒すのは、至極簡単だった。細い手足を難なく押さえて組み敷けば、彼女は顔を真っ赤にして叫んだ。
「……アルフレド!」
「今回はお前が悪い。その気は無かったんだって、わかってるけどさ」
「そ、それなら離して――ちょっと、アルフレド!」
リアーネはどうにか抜けだそうと藻掻くが、その力は随分弱い。もっと本気で抵抗してくれなければ止められないと、前も教えたはずなのだが。仄暗い独占欲と征服欲が満たされるのを感じながら、顔を寄せる。
「なぁリアーネ、今日は、俺と――」
「アルフレド、それとリアーネ。起きてる?」
突然、ドアの外から仲間の声がした。動揺に動きを止めた瞬間、リアーネが大声で答えた。
「は、はい! 起きてます!」
「……急だけど、俺達指名の依頼。来れる?」
明らかに上擦った声に、仲間――ジャックは大体の事を察したのだろう。ドアは開けず、淡々と告げた。
「え、ええ。大丈夫です」
「アルフレド、君は」
「……わかってる、行くよ」
はあ、と扉の向こうから深い溜息が返ってくる。無口な相棒は、言葉よりも雄弁に呆れを伝えてきた。
「……おいジャック」
「君、本当に――まぁいい。仕事はしっかりして」
「言われなくても」
「そう。……じゃあ、一階で待ってるから」
再びの溜息の後、ジャックの気配が離れていく。宿でさえ足音を立てないのは流石と言うべきだろうか。
「アルフレド」
「……わかってるよ。さっさと着替えて行こう」
組み敷いていた手を離し、リアーネに背を向ける。彼女が着替える衣擦れの音を聞きながら、床に散らばっていた服を集めた。『邪魔しやがって』が半分、『止められてよかった』が半分の、複雑な心境だった。
「アルフレド、あの……シャツ、お返しします」
「ん」
いつものブラウスとスカートに着替えたリアーネからシャツを受け取る。その白い頬は、まだほんのりと赤みを残していた。
「ええと、その……私、本当にそういうつもりじゃなくて」
「だろうな、知ってる」
辺境育ち故か、単に生真面目が過ぎる天然なのか――どうにも彼女はこういう事に疎い。今回のことだって、単純に純粋にアルフレドを喜ばせたかっただけなのだろう。分かっていてがっついた自分が悪いと分析できる程度には、アルフレドの理性は戻ってきていた。
「だから、その、次はちゃんと大丈夫な時にしますから」
「ああ、そうしてく……んっ?」
「それでは先に降りてますので! 貴方も早く支度してくださいね!」
一方的に早口で告げ、呼び止める間もなくリアーネは部屋を出ていった。ばたん、と勢いよくドアが開いて、閉まる。賑やかな足音も含めて、彼女らしかぬ乱暴な動作だった。
「……次もある、という事でいいのか、それは」
たっぷり数十秒は硬直したのち、アルフレドは呆然とつぶやいた。……とりあえず、今は着替えて下に向かわなければ。ご褒美は、依頼を終えた後だ。
サンガツさん(@March_cw)に彼シャツイラスト描いてもらったので書きました。
ユイさんもお借りしています。