二つ分の祝福を
聖夜――御子の誕生を祝う降誕祭、その前夜である。家族や親しい人と食卓を囲み、プレゼンを贈りあう日として、西方諸国では広く定着している。
(何がそんなに目出度いんだ、聖夜なんて)
マーケットで賑わう通りを歩きながら、アルフレドは胸の中で独り言つ。晩餐に使う葡萄酒を買ってきてくれと、宿の亭主に頼まれた帰り道である。
信仰心を持たないアルフレドにとって、聖夜とは食事が豪勢になる日に過ぎない。きらびやかに飾り立てられた街並みと、浮かれた表情ばかり浮かぶ人混みは、眺めているだけでなぜか肩身が狭くなってくる。さっさと宿に戻ろうと足を早めた、はずだった。
(……あ、)
目にとまったのは、銀細工の髪飾りだ。羽根のように優美な曲線を描く台座に、青い硝子の装飾があしらわれている。銀と青の色合いが、今頃宿で晩餐の支度をしているであろう少女に重なった。似合うだろうな、と思ってしまった。
「……綺麗でしょう、それ。エルガネで修業した職人の作品なんですよ」
完全に足を止めてしまったアルフレドに、店主が声をかけてくる。
「いや、俺は」
「おうアルフレド! それ買うのか?」
「うわっ」
どんと背中を叩かれ、踏鞴を踏む。振り返り、アルフレドは軽くやったつもりであろう相手を睨んだ。
「……何するんだ、ステファノ」
「何もしてないだろ。それより、お前は何を悩んで……あぁ」
髪飾りを一目見て、ステファノはにんまりと笑った。
「いい趣味してんじゃねぇか。リアーネに似合うと思うぜ」
「違う、そんな仲でもない」
「照れんなって。今日は聖夜だし、何もおかしかないだろ」
「……あいつにとって、本当に祝いの日だと思うか?」
何の因果か、リアーネの誕生日は降誕祭と重なる。そんな彼女に聖北教がもたらしたのは祝福ではなく、迫害だ。一族ともども僻地に追いやられ、母まで奪われた彼女がこの夜に何を思うのか、アルフレドにはわからない。
「リアーネは気にしてなさそうだけどな。さっきも、パイだケーキだって厨房で張り切ってたぜ」
「祝い事に水を差したくないって、黙ってるだけかもしれないだろ」
「そうかもな。なら尚のこと、お前がいい思い出を作ってやればいいじゃねぇか」
「……は?」
何言ってんだこいつ――絶句したアルフレドにかまわず、ステファノは店主と値段交渉を始めていた。今なら包装代はタダらしい。
「よし、その値段で決まりだ! ……つーわけでアルフレド、手持ちが足りねぇなら貸してやろうか?」
「お、お前にそんなセリフを言われるとは……屈辱だ……」
「人を何だと思ってんだ!? ……まぁいい、足りてるなら買っちまえ」
「は、いや、だから――」
こうと決めたステファノの勢いを止められる者など、きっとこの世に存在しない。気が付けばアルフレドは店主に銀貨を渡し、代わりに丁寧に包装された髪飾りを受け取っていた。
「いやぁいい買い物したぜ! オレが言うんだから間違いない」
「どうしろっていうんだ、これ……」
一人満足気なステファノに引きずられ、アルフレドは宿に帰還するほかなかった。
*
「……ごちそうさま」
「お粗末様でした。――どうでしょう、お口に合いましたか?」
「あ、ああ、美味かった」
よかった、とリアーネは顔をほころばせる。先ほどまで『月虹』六人で食事をしていたのに、いつの間にかアルフレドとリアーネの二人きりになっている。ステファノとティサは別のテーブルで酒盛りを始め、シャルロットは厨房で後片付けを手伝い、ジャックはどこかへ消えた。……こういう時だけ、ステファノはやたら手回しがよくて腹立たしい。本当に、邪推されるような関係ではないというのに。
この状況に落ち着かないのはアルフレドだけのようで、リアーネは「もう年の瀬ですね」なんて言いながらティーカップを傾けている。すっかりくつろいだ様子の彼女を見ていると、苛立たしいほどに胸がざわめく。それを早くどうにかしたくて、アルフレドは半ば自棄になりながら髪飾りを納めた小箱を取り出した。
「リアーネ」
「はい?」
「誕生日なんだろ、これやる。二か月前のお返しだ」
青の瞳が丸く、大きく瞠られる。二か月前――アルフレドの誕生日には、彼女が山鳥のパイを振舞ってくれた。その礼というのが、今更浮かんだ言い訳だった。
「でも私、夕食を作っただけです。こんなもの……」
「特別な祝いの料理なんだろう。それを貰いっぱなしは、気が済まないからな」
恐縮するリアーネの手に小箱を押し付ける。どうしてこうも素っ気ない声しか出せないのか、我ながら頭を抱えたくなる。
包みを開けていくにつれ、リアーネの瞳はきらきらと輝きだした。予想外の反応に、アルフレドの心臓が飛び跳ね、騒ぎ始める。今すぐ逃げ出したい気分だった。
「……とても、綺麗です。私には勿体ないぐらい。ありがとうございます、アルフレド」
髪飾りを手に、リアーネが微笑む。世辞でないのはアルフレドにもよくわかった。この街で今一番うつくしいものを、目にしているから。
「でも、その、本当にいいんですか? 無粋ですが、高価なお品なのでは……」
「本当に無粋だな、聞くな。……気になるなら、聖夜の分も合わせてでいいだろ」
つい口走ってから、恐る恐る彼女を窺う。リアーネは長い睫毛をぱちりと瞬かせてから、またふわりと笑う。
「では来年、次の聖夜にお返ししますね」
「……好きにしろ」
卓上のデザートワインに手を伸ばす。顔まで赤くなる前に、酔いのせいにしたかった。