アケロンの渡し

「……どうなってんだよ! 魔法が効かないゴーストなんて聞いたことねぇんだけど!?」
 ステファノが叫んだ。ちょっと涙目になっているが、気持ちは痛いほどわかる。
「乗組員の全員、あるいは大半が死霊化したなら、数はかなり多いはずだ。それが一か所に集まったことで、除霊を妨げる何かしらの呪いが成立したのかもしれない」
「そんなことあるんですか?」
 アルフレドは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「現状そうなってるからな。教会の奴らなら鎮魂の儀式を行うんだろうが……ティサ、できるか?」
「悪いけど、私は本職ではないから。そこまで高度な神聖術は使えないわ」
「何だよ使えねーな……」
「アンタに言われたくないわね!」
 ティサは即座に言い返したが、その顔にいつもの余裕はない。アルフレドがため息をついた。
「……となると、地道に霊の数を減らしていくしかないな」
「剣も魔法も通じねぇのにどうすんだよ?」
「いえ、まだ手はあるわ。――アンデッドの王、リッチには対魔法結界を使える個体もいて、そういうときは居合斬りなんかで倒すのが定石なのよ。ただ、」
 ティサは一度言葉を切り、憂い気に続けた。
「……ただ、私じゃ一日にせいぜい三回程度しか使えないけれど」
「オレも使えるぜ! ……一日二回ってとこだけどよ」
「何よ使えないわね」
「オメーが言うなよ!?」
 仲良く喧嘩を始めそうなステファノとティサを差し置き、アルフレドが腰に帯びた剣を抜いた。
「居合斬りじゃないが、ほぼ同じ要領の技なら使える。というか、それが俺の本領だ」
「そうだったんですか? てっきり、炎魔術が専門なのだと……」
 リアーネの言葉に、アルフレドは肩をすくめた。
「魔術剣技――剣で補助する魔術、あるいは魔術で強化した剣技なんだが、そんなものを叩き込まれたから剣持ってるんだよ、俺は」
「なるほど……一日にどれぐらい使えるんですか?」
「基礎の技なら、魔法の矢と同じ程度。だけど、さすがに俺一人で先陣切れってのは厳しいぞ。この剣、室内戦は不向きだしな」
「それはもちろんです。何かあと、もう一手があれば……」
 考える。聖水は何本か持ってきたが、確実に亡霊に当てられるとは限らない。しかも材料さえあれば自作できる傷薬や解毒剤と違い、聖水は高いのだ。ここであまり量を使いたくないが、アルフレド達ばかりに負担はかけられない。いっそここで帰還すべきか――悩むリアーネの前を、何かがふわりと横切った。
「……シャルロット? 何してるんですか?」
「えい……やっ! もう、こいつめ!」
 いつの間にか、亡霊が一体すり抜けてきていたらしい。シャルロットが短剣を手に奮闘していた。
「その武器、銀製じゃないですよね。普通の武器は当たらないって知ってるでしょう?」
「知ってるけど、聖水かけた布巻けば何とか――えいっ! やぁっ!」
 見れば、短剣の柄には濡れた布が巻きつけてあり、床には空になった聖水瓶が転がっている。どこに隠し持っていたのだろうか。
「とうっ! ……あぁもう! 全ッ然当たらない!」
「キューッキュッキュッキュー」
 息を切らすシャルロットに、人魂が笑う。ふよふよ浮いてるだけに見えて意外とすばしっこく、謎の鳴き声を上げている。珍妙な亡霊だ。
「ちょっとシャルロット、一度こっちに――」
「こいつ、絶対あたしをバカにしてる! 聖水高かったのに!」
 どうやらシャルロットはすっかり頭に血が上っているようで、リアーネの言葉など耳に入っていない。憤慨した様子で、大きく短剣を振りかぶる。
「お金――返してよっ!!」
「キュイィィ――ッ!?」
 気合の籠った声とともに刃が閃く。ぱぁん、と人魂がはじけた。
「あ、あれ? 倒せた……?」
 何度見回しても、亡霊は影も形もない。呆然と立ち尽くすシャルロットに、アルフレドが詰め寄った。
「シャルロット、お前今なにをどうやった!?」
「ど、どうって……せめて驚かせてやろうと思って、真ん中をすぱーんっと」
 シャルロットはおろおろと答える。それまでじっと黙って様子を見ていたジャックがつぶやいた。
「すごい、会心の一撃だった」
「真ん中……会心の一撃……まさか」
 アルフレドは何か閃いた様子で自身の短剣を取り出した。そして聖水漬けの布を、シャルロットと同じように巻き付ける。
「アルフレドさん、何を」
「飛び回るひとだまの中心を綺麗に当てるなんて、狙わなければできる技じゃない。だとすると……」
 都合のいいことに、再び人魂が壁をすり抜けて入ってきた。アルフレドは短剣を構え、呼吸を整える。
「……ふっ!」
 そして放たれた一撃は、過たず亡霊の中心を貫いた。先程同様に亡霊が消え去り、アルフレドは快哉を叫んだ。
「シャルロット! お手柄だ、よくやった! ――よし皆、全員この布を武器に巻いてくれ」
 彼は聖水漬けの布を裂いて、呆然とする一行に押し付けていく。我に返ったシャルロットが声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 褒めてくれたのは嬉しいけど、さっきのは一体どうやって……」
「ジャックも言ってただろ、『会心の一撃だ』って」
 戸惑う仲間たちをよそに、アルフレドは鼻歌でも歌いだしそうな程上機嫌だった。聖水漬けの布を持て余しながら、リアーネは思った。――このひと、こんなにこやかに笑うことあるんですね。
「さっきのお前の攻撃は、霊の弱点である霊核を突き、かつ裂帛の気合が宿った一撃だった。その効果は居合斬りに近く、とどめに聖水。これらの条件が合わさったことで、亡霊を仕留められたんだろう」
「そ……そんなことあるの? それで除霊できるなら聖職者は食べていけないわよ!」
 頭を抱えて嘆くティサにも、アルフレドは飄々と言ってのけた。
「効果は今、実証済みだ。――この船においては、聖水漬けの布を巻いた武器で会心の一撃が放てば、亡霊を倒せる。……さて、どうする?」
 一行は自然と顔を見合わせた。最初に頷いたのはステファノだった。
「俺は乗るぜ。今開けた聖水だけで済むってんなら、金もかかんねぇしな」
「……俺も。ナイフ投げなら、自信ある」
「潮風に聖水。武器が塩まみれになっちゃうわね」
 続いてジャック、ティサも武器に布を巻きだす。――そもそも、他に選択肢はないのだ。リアーネも自身の短剣を取り出し、支度をした。短剣の扱いにそこまで自信はないが、やるしかない。
「では皆さん、少し休んだら出発しましょう。今度こそ、船長を探し出しますよ」


リプレイ元『アケロンの渡し』(制作:Niwatorry様)