アケロンの渡し

「そうか、船をな……」
 帰還した『月虹』の報告を聞いた依頼人は、束の間目を伏せた。
「申し訳ありません、やりすぎたとは思うのですが――」
「いや、構わん。首飾りさえ持ち帰ればいい、と言ったのは私だ」
 恐縮するリアーネに向かって、思いの外鷹揚に依頼人は首を振った。
「やつは……船長は根っからの船乗りだった。君たちが船を弔ってやったお陰で、向こうでまた帆を掲げられるとやつも喜んでいるかもしれん」
「そう言って頂けると、助かります。本当に」
 ようやく肩の力が抜け、リアーネは密かに息を吐いた。ここに来るまで気が気ではなかったのだ。
「しかし、ただの海難事故ではなく、海魔まで絡んでいたとはな……」
「おう、ずいぶん厄介な相手だったぜ。犬のほうのなら獲ってあるが、見るか?」
「……いいや、結構だ。話は舟の者からも聞いている」
 荷物袋を開けようとしたステファノに、さしもの依頼人も一瞬眉を顰めた。とりあえず証拠にと持ち帰ったものの、必要なかったようだ。
「……とにかく、大冒険だったそうじゃないか。船員たちも、これでようやく本当の意味で浮かばれるだろう」
「だといいわ。船の中では祈りを捧げる余裕もなかったけれど」
 ティサが胸元で十字を切る。亡霊に一番容赦なかったのは彼女だった気がするが、きっとリアーネの勘違いだろう。
「諸君の働きには報いねばならんな。これを」
 差し出されたのは銀貨がつまった小袋二つと、宝石をあしらった指輪だった。指輪からは魔力を感じる。
「ゴースト退治の報酬として銀貨千枚、スキュラ退治の報酬として銀貨五百枚、そして眠りの呪文を封じた指輪を一つ。諸君ならば、有効活用できるだろう」
「貴重なもののようですが、よろしいのですか?」
「私が持っていても仕方のない代物だ、二言はない。それに」
 そこで一瞬、依頼人は言葉を切った。窓の外の空に目を向け、つぶやく。
「船が座礁した原因は、嵐ではなく、海魔の襲撃だった。私の船の乗員は、操船を誤って嵐に飛び込んだわけではなかった。……立派な船員たちだった」
 依頼人が『月虹』に向き直る。彼は、誇らしさと寂しさが入り混じった微笑を浮かべていた。
「それが判ったことで、私もなにか、肩の荷が下りるような気がしたのだよ……」

「……なんというか、すごい冒険だったねぇ」
 依頼人邸を辞して馬車の駅へ向かう途中、シャルロットが言った。
「ついでに依頼人も太っ腹だったな。剣も譲ってくれるって言うんだからよ」
 船長の遺品であるカトラスは、指輪同様『有効活用できる者に持っていてほしい』ということで『月虹』に譲られた。船上でも使いやすいよう刀身が短めなので、大剣の控えにいいだろうとステファノが持つことになった。
「リューンに帰ったら、これも一緒に鍛冶屋に出さねぇとな」
「報酬、結構手入れ代で消えそうよね」
「オメー今そういう事言うなよ! 気分暗くなるだろうが!」
「金銭のやりくりは重要事項でしょうが!?」
「ちょ、ちょっと、ケンカはやめてってば!」
 ステファノとティサが賑やかな言い合いをはじめる。シャルロットが仲裁しようとしているが聞こえてないようだ。
「放っておけ、シャルロット。喧嘩したいやつはさせておけばいいさ」
「……ん」
 そんな三人を横目に、アルフレド達はさっさと駅へ向かってしまう。ジャックに至ってはほとんど無言だ。依頼前にこんな光景を見たら、正直不安でいっぱいになっていただろう――そう苦笑しつつも、リアーネの胸中は晴れやかだった。
(それでも、私たちはあの強大なスキュラを協力して倒した。……きっと、大丈夫です)
 なんだかずっと前から、こんな風に冒険をしていた気がする。六人での依頼は初めてだったというのに、リアーネは奇妙な安心感を覚えていた。
「ちょっともう、皆さん! 宿に帰るまでが冒険なんですよ!」
 仲間たちを追って、リアーネは軽やかに駆け出した。次は一体どんな冒険が待っているのだろう――そんな期待に、胸を膨らませながら。


リプレイ元『アケロンの渡し』(制作:Niwatorry様)