ゴブリンの洞窟


「おぉ、お前たち、帰ったか! 無事に仕事は済んだか?」
「当然だろ?」
 宿に着くなり、亭主が近寄ってきた。平静を装っているが、かなり気を揉んでいたらしい。ステファノの答えにぱっと破顔する。
「……そうか、よくやったな。今晩は俺の奢りだ、存分に食え!」
「っしゃあ! 太っ腹じゃねぇか親父さん!」
 亭主は既に支度していたようで、すぐに宴会が始まった。食事に来ていた常連客達も寄ってきて、気が付けば宿を巻き込んだどんちゃん騒ぎになっていた。
(……すごい騒ぎです。でも、これがリューンの日常なんですよね)
 リアーネは喧騒に満ちた食堂を見渡し、ため息をついた。食事の度、リューンの豊かさには圧倒される。故郷では貴重品だった小麦粉も、ここでは日常的な食材なのだ。この賑やかさと華やかさには、今でも少しくらくらする時がある。
「……そこでオレは剣を振り上げ、ゴブリンを真っ二つにしてやったって訳だ!」
 ひときわ大きな声が上がったほうを見ると、やはりステファノだった。饒舌に語る彼を、周囲の客たちが囃し立てている。全員、既に見事に酔っぱらっていた。
「……あの、だいぶ話を盛っていませんか?」
「酒場の武勇伝なんてそんなもんだ」
 リアーネのつぶやきを拾ったのはアルフレドだ。涼しい顔で分厚いステーキを平らげているので、つい二度見してしまう。細身に見えて健啖家らしい。
(二日酔いと、食べ過ぎに効くお茶も用意しておきましょう)
 後で片づけの手伝いがてら厨房を借りようと、リアーネはひそかに決めた。

「――ところで、一つ提案なんだが」
 亭主がそう切り出したのは、あらかた食事が終わった頃だった。
「お前たち四人でパーティを組む気はないか? そうしてくれると、とれる依頼も増えるんだが」
「いいじゃねぇか、やろうぜ!」
 ステファノが真っ先に頷いた。一体何杯飲んだのか、顔が真っ赤になっている。
「俺が物理攻撃、アルフレドが魔術攻撃、リアーネが遠距離、シャルロットが回復――ほら、バランスいいだろ?」
「そうだな、あと必要なのは盗賊ぐらいか」
「それはお前が探してきてくれるんだろ? なぁリアーネ、どうだ?」
「え、ええと……」
 ステファノにずいと顔を近づけられ、リアーネは言い淀んだ。嫌という訳ではない。自分たちより先輩のアルフレドと、豪傑なステファノと組めるのは好都合だ。
 それでも即答を躊躇ったのは、この場にシャルロットがいないからだった。彼女はつい先ほど演奏をリクエストされ、「準備してくるね」と自室に上がっていったところだ。待とうか、いっそ呼びに行くか――そう逡巡する様子が、かなり困っているように見えたのだろう。聞き覚えのある声が割り入った。
「ちょっとあなた、離れてくれる?」
「えっ」
「――ッ!?」
 突然、ステファノの身体が床に沈む。顔から突っ込んだ彼だが、酔っ払いにしては素早く身を起こし、怒鳴りつけた。
「……痛ェな、何すんだよ!」
「あらごめんなさい、私の脚が長いばっかりに」
 声の主は、確かにすらりとした体格の女性だった。金属製の胸当てと籠手を纏い、腰には長剣、背中には弓矢と物々しい恰好だが、無骨な印象はない。むしろ隙のない所作は凛とした気品さえ感じさせる。ステファノに冷たい視線を向けるその女性を、リアーネはよく知っていた。
「……ティサ! どうしてここに」
「久しぶりね、リアーネ。元気そうでよかったわ」
 一転、ティサはにこやかに笑いかけた。鋭かった翠眼がやわらかく細められる。
「フォルドに行ったらあなたがいないんだもの、驚いたわ。郷の人たちに聞いて、慌てて追いかけてきたのよ」
「あ、ありがとうございます。あのでも、彼は」
「リアーネ、前にも言ったでしょう。野郎相手に警戒しすぎることはないって」
「えっ? いえでも、本当に違って」
「いや待てよ! 誰だよテメェ!」
 置き去りになっていたステファノが吼えた。その横で、そっとアルフレドが席を移動する。ひどい。
「無粋な男に名乗る名はないわ」
「話に割り込むのも十分に礼儀知らずだろうが!?」
「は?」
「あ゙?」
 ステファノとティサが睨みあう。一触即発な雰囲気に、もはや眠らせるしかないかとリアーネが杖を握りしめた時だった。
「あれぇ、ティサだ! 久しぶりだね!」
 竪琴を片手に、シャルロットが軽やかに降り立った。剣呑な空気をものともせず、二人の間に入る。
「あのねティサ、あたし達冒険者になったんだよ! 今日初めて依頼を成功させたんだ」
「……あら、すごいじゃない。それはお祝いしないと」
 にこにこと笑うシャルロットに、ティサも穏やかに微笑む。ステファノは勢いが削がれたのか、呆気にとられている。
「こっちがステファノで、こっちがアルフレド。四人でゴブリン退治したんだよ!」
「……そ、そうなんだよ! それで、オレたちでパーティ組もうぜって話してたところなんだよ!」
「えっ、そうなの? あたしは賛成だけど、リアーネはどう?」
「私も賛成です。……アルフレドさんは?」
「一人じゃ受けられる依頼は少ないからな。悪くはない」
 少々抗議も込めてアルフレドに視線をやると、彼は肩をすくめながら戻ってきた。そんな一同をティサはしばらく思案げに見ていたが、おもむろに言った。
「……わかったわ。そのパーティ、私も参加する」
「はぁ!? なんでテメェが」
「えっほんと? やったぁ!」
 ステファノとシャルロットの反応は見事に真逆だった。再び言い合いになる前にと、リアーネは慌てて口を開いた。
「ティサは神聖術の心得があります。とても心強いと思いますよ」
「ああ、それは助かる。ゴースト共には【亡者退散】が手っ取り早いからな」
「……し、仕方ねぇな、お前らがそう言うなら」
 リアーネとアルフレドの言葉に、思いの外あっさりステファノは頷いた。それに疑問を挟む間も無く、亭主が書類を取り出してきた。
「よし来た。それじゃお前たち、ギルドに提出するからパーティ名と代表者を決めてくれ」
「代表者、ですか?」
「形式的なものだから、そこまで深く考える必要はないがな。大抵は依頼人とのやり取りで一番前に出るやつだったり、パーティの最終決定者だったりする」
「んじゃ、オレはダメだな。頭使えねーから」
「……あなた、自分でそれを言っちゃうの?」
 あっけらかんと言うステファノに、ティサは呆れ気味だ。
「でもそういうことなら、私もパスね。私はあくまでサポート役とさせてもらうわ」
 なら、経験者であるアルフレドは――とリアーネが聞く前に、彼は首を振った。
「俺もやらないぞ。誰かを率いるなんてガラじゃない」
「……じゃあ、リアーネだね。あたし、こういうのはリアーネが一番向いてると思う」
「えっ?」
 親友の思わぬ言葉に、リアーネは素っ頓狂な声を上げる。だがティサとステファノも、首を縦に振る。
「そうね、リアーネなら任せられるわ」
「しっかりしてるし、度胸もある。それは今日一日で十分わかったぜ」
「そ、そうでしょうか……」
 意外な展開だった。世間知らずな自分が務めていいのかと、リアーネがまごついていると、アルフレドが口を開いた。
「この中なら、お前が一番リーダーらしいと思うぞ」
「そうなんですか?」
「いかにもお人よしだからな」
「……馬鹿にしてます?」
 リアーネがつい声を尖らせると、彼は小さく笑った。
「まさか。そういうやつが先頭に立つ方が、大抵丸く収まるんだよ」
 その口調は、今までのような皮肉めいたものではなかった。少しの呆れと、何かを懐かしむようなやさしさを含んでいた。それを聞いたら、リアーネは自然と答えていた。
「……じゃあ、私、やります」
「そうこなくっちゃな! じゃあ次はパーティ名だ」
 ――そこからが長かった。各々が思いつくものを片っ端から上げていったので、候補がどんどん増えていく。
「美しき珊瑚なんてどうでしょう?」「すげー高そう」
「ひび割れた胃袋」「……まだお腹が空いてるんですか?」
「野生の嵐とかどうよ」「知性も身につけてほしいわね」
「こつこつ行こうねってことで、骨を折る蟻!」「もっとデッカくいこうぜ!?」
「揺ぎなき干し肉とか」「どこから干し肉が出てきたんだ?」
 ティサ以外はゴブリン討伐を終えたばかりで、大なり小なり酒が入ってる状態である。会議が混迷してきたところで、洗い物から戻ってきた亭主が言った。
「――言い忘れてたがお前たち、できれば月にちなんだ名前にしてくれ」
「本当に今更だな!? なんでだよ親父さん」
「まぁ、ゲン担ぎだな。うちの最初の冒険者たちが『素月』と名乗ってたんだよ」
 『素月』のメンバーはそれなりに出世し、なんと領地と爵位を与えられたものもいるらしい。そう聞いては無下にできないが、すぐに出てくる単語もない。皆が考え込む中、ぽつりとアルフレドがつぶやいた。
「……『月虹』、はどうだ。月の光が作る虹のことで、夜間でも見られる」
「わぁ、なんだかロマンチック!」
「確か吉兆とする国もあったわね。いいんじゃない?」
 シャルロットは目を輝かせ、ティサは満足げに頷く。ステファノも「なんだか派手そうだな!」と賛成した。リアーネとしても異論はなかった。
「では、今日から私たちは『月虹』です。よろしくお願いしますね」

「……はぁ」
 部屋に入った瞬間どっと疲労が襲ってきて、シャルロットは寝台に沈んだ。灯りをつけるのも億劫だった。
 リアーネは後片付けを手伝うと言って、一階の厨房に残っている。一人きりになった途端、高揚に膨らんでいた心がみるみる萎んでいくのを感じた。
(なんだか、今日はいろいろあったなぁ……)
 ゴブリンを見たことがないわけではなかったが、戦ったのは初めてだった。……いや、そもそもシャルロット自身は戦っていない。精霊たちを呼ぶのに必死で、あの時洞窟内で何が起こっていたのか見る余裕もなかった。リアーネとは、全然違う。
 リアーネ――やさしくて、賢くて、勇敢で、おまけにとびきり美人な親友。対する自分はちょっと歌が上手い、ただの村娘だ。引け目を感じる瞬間が、全くないわけではない。自分ひとりだったら、故郷を出て冒険者になろうとは到底思えなかった。
「……あたし、本当にここにいていいのかな」
 つぶやいた瞬間、ぎゅっと喉を締め付けられるような感覚がした。戦うのが怖い。自分が傷つくのも、仲間が傷つくのも、……きっとおかしなことに、魔物が血を流すのも見たくない。こんな臆病な自分を変えたかったはずだ。それなのに、今日、自分は一歩でも踏み出せただろうか?
 ぐるぐると思考が沈んでいく。手足が冷えてこわばっていく。もうこのまま寝てしまおうか――そう思った時、控えめにドアが叩かれた。
「……はぁい?」
「シャルロット、私です。まだ起きてますか?」
 リアーネだった。シャルロットは慌てて飛び起き、ドアを開けた。
「ご、ごめんねリアーネ! ちょっと、うとうとしてた」
 ここはリアーネと一緒と借りている部屋なのだから、わざわざノックなんてしなくても――そんな疑問は、彼女が両手で抱えるトレイと、その上にあるカップを見て氷解した。
「……あ、ホットミルク?」
「ええ。一緒に飲もうと思って作ってきました」
 カップからはまだほんのりと湯気が立っている。やさしく懐かしい香りに、自然と顔がほころんだ。
「ありがと、リアーネ。疲れてるのに……」
「お互い様ですよ」
 今度こそ灯りをつけて、二人は向かい合った各々の寝台に腰掛けた。火傷しないように、そっとミルクを口に含む。
「わ、甘ーい……!」
「ハチミツとシナモンを入れてるんです、おいしいでしょう?」
 こくこく頷くと、リアーネが微笑んだ。やさしい甘さに深みを与えているのは、聞きなれないスパイスのようだ。リアーネはもともと料理好きだったが、こちらに来てからはさらに拍車がかかっている。勉強熱心な彼女らしい。
(それに比べて、あたしは……)
 じわりと涙が浮かびそうになったのは、きっとミルクのあたたかさのせいだ。そう思おうとしても、気持ちがまた淀んでいく。思わず唇を噛んだ瞬間、リアーネが口を開いた。
「ありがとうございます、シャルロット。おかげで頑張れました」
「……えっ?」
 予想外の言葉に、ぽかんと口を開ける。そんなシャルロットを見て、リアーネは照れくさそうに微笑んだ。
「私だってとても緊張したし、怖かったんです。でも、頼もしい親友がいましたから」
「そ、そんなこと、ないよ」
 リアーネの言葉はいつだってまっすぐで、嘘がない。それでもそんな励ましを受け取っていいのかわからなくて、シャルロットはうつむいた。
「そんなことあります。……シャルロット、貴方がここまで一緒に来てくれて、私は本当に嬉しいんです」
 リアーネがシャルロットのすぐ隣に移ってくる。肩が触れ合いそうな距離感は、幼い頃以来だった。
「魔物や戦いが怖いと思う気持ちは、忘れちゃいけないものです。それに負けずに、立とうとする気持ちも。……私たちは、そうやって生きていかなくちゃいけないんです」
「……うん」
 静かな熱が、腹の底に落ちてくる。じんわりと全身があたためられていく。
「不安や寂しさに押しつぶされそうな時、誰かが隣にいてくれるということがどれだけ有難いか――それを教えてくれたのはシャルロット、貴方ですから」
「……そうなの?」
「そうですよ」
 リアーネはくすりと笑う。その悪戯っぽい表情につられて、シャルロットの口角も自然と上がる。
「誰かの痛みを思える貴方の歌は、きっともっといろんな人に届きます。私は、それを見てみたい」
 大袈裟だよ、と言おうとして、やめた。代わりに願いを込めて、こう言った。
「……うん。あたしも、頑張ってみたい」
 こんな自分にもできることがあると、そう信じてくれる親友のために。その隣に、胸を張って並べるように。
 そして、いつか彼女の冒険譚を歌い上げてみたい。きっと、素敵な物語になる――シャルロットの夢が、密かに増えた瞬間だった。
 想像したらわくわくしてきて、シャルロットはにっこり笑った。単純だと思いつつ、あふれる熱を抑えたくなかった。
「リアーネ、一緒に頑張ろうね!」
「ええ、もちろん」
 こうして夜は更けていく。明日から、また新しい冒険が始まるのだ。


リプレイ元『ゴブリンの洞窟』(制作:齋藤洋 様)
『謂れなき魔女の郷』(制作:Azami. 様)
リアーネの故郷として設定させていただきました
『万色の魔術師、その遺産』(制作:烏間鈴女 様)
技能「火炎の弾丸」 詠唱は竜胆葵が考案
『歌われた者たち』(制作:水雲 様)
技能「波濤の行進」 詠唱はシナリオより一部引用
『無聊を託つ地』(制作:野雷文目 様)
技能「そよぎなげき」 詠唱は竜胆葵が考案
『パーティ名会議』(制作:タビビト 様)
作中であがったパーティ名候補は、こちらを参考にさせていただきました